映画「ホビット」舞台裏、製作開始までの経緯や撮影開始までの困難のお話

映画「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズより前のお話にあたる「ホビット」。

「ロード・オブ・ザ・リング」の監督を務めたピーター・ジャクソンはもうシリーズの監督はしないと言っていたのにもかかわらず、「ホビット」の監督もすることになりました。

さて、どのようにしてピーター・ジャクソンは「ホビット」の監督をするにいたったのでしょうか。

本記事では、映画「ホビット」製作の経緯と撮影開始までの準備のお話をしています。

映画「ホビット」製作経緯

また3部作をやることになるなんて思ってなかった


映画「ロード・オブ・ザ・リング」を製作しているときに、もうやらない、すでにうんざりしていると言っていたピーター・ジャクソン。

「ホビット」をまさかまた自分がやるなんて思っていなかったそうです。

「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズで主人公フロドを演じたイライジャ・ウッドもまた、「ホビット」を製作するのかシリーズ撮影中に尋ねたそうです。

そのときピーター・ジャクソンは「興味ないね」とそっけなく答えました。

なんたって世界観が壮大な超大作。前作で想像を超える大変さを体験したんだと思います。

「ホビット」の製作が期待されていた

しかし、ピーター・ジャクソンの気持ちとは逆に、「ロード・オブ・ザ・リング」が成功した時点ですでに「ホビット」が製作されることが期待されていました。

ファンは映画製作を働きかけるためにキャンペーンサイトを立ち上げていました。

映画化の話が本格化

2008年、「ホビット」映画化の話が本格化。

しかしピーター・ジャクソンは監督を辞退していました。監督ではなく、脚本を希望していたそうです。

ピーター・ジャクソンはギレルモ・デル・トロに監督をしてほしいと考えていて、ギレルモ・デル・トロもまた作品創作に意欲を示していました。

二人で脚本を書き始めますが、権利関係やMGMの財政問題によって製作が進まず、ついにギレルモ・デル・トロは降板を告げました。

ピーター・ジャクソンがメガホンをとることに


そんな背景もあり、すでに大金をつぎこんでいることもありで、ようやくピーター・ジャクソン自らメガホンをとることになりました。

とはいえ、数週間悩んだそうです。

しかし、「ロード・オブ・ザ・リング」が準備期間2年半だったのに対し、「ホビット」はたったの5か月しかありませんでした。

映画「ホビット」撮影までの準備期間にしたこと

セットや衣装など美術まわり、カメラの準備

4つのスタジオに100以上のセットを作らないといけなかったそうで、もうスタジオは大パニック。

セットのほか、衣装や小道具、カメラの準備など、寝る前を惜しんで作業をしていました。

つねに作業が稼働している状況をつくるために、日中チームと夜間作業チームに分かれていたんだそうです。

俳優陣の役作り


そうこうしているうちに俳優陣たちがスタジオへ。

ドワーフを演じる役者たちはトレーニング合宿で訓練を受けます。

ドワーフの歩き方訓練

アクションなどの訓練もありましたが、ドワーフの役作りのため歩き方も学んでいたんです。

ドワーフは、重心が低めで、お腹を突き出して歩くんですね。

やはり撮影が始まればそこは本物のドワーフが画面の中にいるわけですから、ドワーフとしての自然な所作を身につけておかないといけないんです。

ドワーフ語訓練

ドワーフたちの言語、ドワーフ語の発音訓練も受けていたんです。

ドワーフ語は私たちにはわかりませんが、荒っぽい発音なんだそうです。

唯一ドワーフ語しか話せないビフール(最後斧が頭から抜けたときだけ普通に話す)にとっては、とくに肝心なレッスンだったと思います。

撮影へ

準備期間中は、ピーター・ジャクソンが胃潰瘍のため入院してしまうという不測の事態もありました。

役者たちの役作りの時間が延びるという結果になりましたが、無事退院、その後は撮影に入ります。

なるべく動きが少ないシーンから撮りたいそうで、ゴラムとビルボのかけあいのシーンから「ホビット」は撮影されたのでした。